大判例

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札幌高等裁判所 昭和48年(ラ)58号 決定

抗告人

冨永武志

右代理人弁護士

高野国雄

相手方

小曾根計夫

主文

本件抗告を棄却する。

抗告人の当審における予備的申立てを却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりである。

当裁判所のなした事実上および法律上の判断は、原決定四枚目裏九行目に「執行裁判所が」とあるのを「受訴裁判所が執行行為の処分に関する職分として」に改めるほか、原決定の理由に記載されたところと同一であるからこれを引用する。

なお、抗告人は、その主張の判決は札幌市内において「東鮨」の商号の使用を禁止しているところ、相手方が新たに登録した「みその東鮨」の商号は前記「東鮨」をその主要部分として使用し、その上に札幌市内の地名であり、相手方の営業地である「みその(美園)」を附加したにすぎないから、前掲判決にいう使用禁止に違反することは明らかであるという。

しかしながら、この理は専ら類似商号に該るか否かについての判定基準として論ずべき事柄であつて、「みその(美園)東鮨」の商号が一般取引上「東鮨」と混同誤認されるおそれがあり類似商号とみられ余地があるとしても、これを使用禁止するためには新たに裁判所の判断を求め、別途その使用禁止の判決を得て、これに基いて執行すべきものと解するを相当とする。

仮りに、抗告人主張のように「東鮨」の商号自体にこれに類似の商号をも内包するとみるならば、その主文の趣旨は実質的には「東鮨およびこれに類似する商号」を使用してはならないというに等しく、結局、類似性の要件についての判断事項を使用禁止の対象に含めることになり、その主文自体特定性を欠くことになる。のみならず、かような判断をすべて執行機関に委ねることにもなり、その職分の限界につきこれが逸脱を招くものとして許されないといわざるをえない。

特に本件においては、前掲判決がいわゆる欠席判決であつて、右判決理由の記載と相まつて、主文の意味ないし効力が及ぶ範囲を明確にすることは不可能であるから、結局、右主文を文言どおりに解し、その使用禁止の対象となつている商号はあくまでも「東鮨」の商号に限定されているとみざるをえない。

もつとも、抗告人は、右執行機関は本案事件を担当する裁判所と同等の地方裁判所であり、執行官と違い機械的な判断しかできないものではないというけれども、受訴裁判所が間接強制を命ずる場合は、例外的に執行機関としての立場において執行行為にたずさわるものであり、その職分の範囲はもとより右執行行為の実施に限られるというべきである。

更に、抗告人は本件各看板には「東鮨」の字に比べ「美園」または「みその」の字は小さく記載されているから一見「東鮨」の看板としか受け取れないという。

なるほど、右各看板に記載されている「みその(美園)」の字が「東鮨」の字に比較して小さいことは一件記録により窺われる。しかし、それだからといつて右各看板の表示自体「みその(美園)東鮨」の表示とみられないわけではなく、むしろこれが「東鮨」の商号のみを記載したと即断することは困難である。従つて、原決定は相当であつて本件抗告は理由がない。

更に、抗告人の当審における予備的申立てについては、前記各看板にはその表示自体からみて相手方の新商号である「みその(美園)東鮨」の記載がなされているものとみられること叙上判示のとおりであるので、前掲判決の執行としての右商号の一部である「東鮨」の記載部分のみを切り離し、その抹消ないし撤去をすることは許されない。従つて、抗告人の右申立ては却下を免れない。

よつて、民訴法四一四条、三八四条、九五条、八九条を各適用して主文のとおり決定する。

(松村利智 長西英三 山崎末記)

抗告の趣旨

原決定を左のとおり変更する。

一 相手方は本決定送達の日から五日以内に札幌市豊平区美園三条四丁目所在の相手方店舗に設置してある「美園東鮨」「みその東鮨」の各看板、「東鮨」の暖簾および店舗前路上に設置してある「みその東鮨」の看板ならびに同店舗周辺六か所に設置してある「みその東鮨」「美園東鮨」の各看板を撤去せよ。

二 相手方は昭和四九年八月一日発行予定の日本電信電話公社版札幌市職業別電話帳および昭和五〇年一月一日発行予定の同札幌市五十音別電話帳に「東鮨」「みその東鮨」または「美園東鮨」の名称を登載してはならない。

三 相手方は北海道新聞札幌版、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の各北海道版に別紙内容の広告を各一回掲載せよ。

四 相手方が第一項の義務を履行しないときは、本決定送達の六日めから同項の各看板、暖簾の撤去完了まで一日につき一万円の割合による金銭を抗告人に支払え。

五 相手方が第二項の義務を履行しないときは、不履行の期間一日につき一万円の割合による金銭を抗告人に支払え。

との裁判および第一項につき新たな予備的申立として『第一項掲記の「美園東鮨」「みその東鮨」の各看板中の「東鮨」の部分を抹消ないし撤去せよ』との裁判を求める。

抗告の理由

一 原決定は、本件債務名義で使用を禁止されている「東鮨」と「美園(みその)東鮨」とは同一商号と解することはできないから、相手方は債務名義表示の不作為義務に違反するものではない、と判断する。

しかし、右判断は誤りである。債務名義は、札幌市内において「東鮨」の商号の使用を禁じているのであるから、札幌市内の地名である「美園」または「みその」という表示を「東鮨」のうえへ附加したとしても、禁止に違反することは明らかである。「美園(みその)東鮨」の基本要素は「東鮨」の部分である。それゆえ相手方は電話帳には「東鮨」としか登載していない。問題は「東鮨」と「美園(みその)東鮨」が商号として同一であるかまたは類似しているにすぎないかということではない。「美園(みその)東鮨」の商号の使用が「東鮨」の商号使用禁止にふれるかどうかがポイントである。この観点からすれば「美園(みその)東鮨」の商号は、「美園(みその)」プラス「東鮨」であり、「東鮨」をその重要な構成要素として、使用していることは明らかである。これは、例えば「東鮨美園店」とか「東鮨本舗」などの商号を考えても、同様である。

しかも、本件各看板の写真から明らかなように、「東鮨」の字にくらべ「美園」または「みその」の字は小さく表示されている。たとえば、甲第七号証の看板は、本申立後相手方は、その横に「みその」の文字を附加したが、ふつうに見れば「東鮨」の看板としか受け取れない。

原決定は、執行裁判所の判断の限界を問題とするようであるが、執行裁判所といえども、本案事件を担当する裁判所と同等の地方裁判所であり、執行官と違い、機械的な判断しかできないということはない(民法四一四条三項の適当の処分をすることができる。)。

抗告人は、将来札幌市内にいくつか支店ないしチエーン店を設ける計画もあるが、相手方が現在のような「美園東鮨」の商号の使用を継続するときは、今以上に営業の誤認混同を生ずるおそれが強い。

二 抗告人は、抗告の趣旨第一項については、予備的に、「美園東鮨」「みその東鮨」の各看板中の「東鮨」の部分の抹消ないし撤去を求める。

三 本件においては、看板等の撤去の代替執行は実効性がない。看板等を一時撤去(破壊することなく、取り外すだけである。)しても、相手方はすぐまた取り付けるであろうことは、従前なした代替執行の結果から明らかである。

四 原決定は、新聞広告の掲載は将来のための処分として適当なものとはいい難いと判断するが不当である。

すなわち、相手方は昭和三九年ころから現在まで九年間も「東鮨」なる商号を使用してきたこと、電話帳については、今後一年間(五十音)「東鮨」の商号が債務名義に違反して、掲載され続けることを考慮すれば、顧客に対しては抗告人と相手方の営業が別であることを周知させ、また相手方自身も今後同様の違反をくり返さないことを確保するため、別紙内容程度の新聞広告は、民法四一四条三項の「適当の処分」としてぜひ必要である。

広告

私は「東鮨」ないし「美園東鮨」「みその東鮨」の名称ですし屋を営業をしてきましたが、「東鮨」の名称はあなたと私との間の札幌地方裁判所商号不正使用差止等事件の判決により、使用を禁止されているものであります。

よつて「東鮨」の名称を廃止し、今後一切使用いたしません、なお、電話帳には「東鮨」の名称が登載されていますが、次回発行の電話帳には登載しません。

昭和四九年一月  日

札幌市豊平区美園三条四丁目

すし店営業  小曾根計夫

札幌市中央区南四条西三丁目

すし店営業  冨永武志殿

【参考・原決定】―――――――――――

(札幌地裁昭和四八年(モ)第一五六六号、間接強制申立事件、同四八年一二月二一日第二部決定)

債権者

冨永武志

右代理人

高野国雄

債務者

小曾根計夫

右代理人

彦坂敏尚

主文

一 債務者は本決定送達の日から五日以内に、札幌市豊平区美園三条四丁目所在債務者方店舗に設置してある「東鮨」の暖簾を撤去せよ。

二 債務者が前項の暖簾を前項の期間内に撤去しないときは、債務者は債権者に対し右期間満了の翌日から右暖簾の撤去済に至るまで一日金一万円の割合による損害金の支払をせよ。

三 債権者のその余の本件申立を却下する。

理由

一本件申立の要旨

債権者債務者間の当庁昭和四〇年(ワ)第九九五号商号不正使用差止等請求事件の執行力ある判決正本により債務者は寿司屋営業のために札幌市内において「東鮨」の商号を使用してはならない義務があるのに、その肩書住所地所在の債務者方店舗およびその周辺に「東鮨」の暖簾一枚および合計一〇個の「東鮨」(「美園東鮨」および「みその東鮨」を含む。)の看板を設置しているほか日本電信電話公社版の札幌市職業別電話帳には「東鮨」の名称による電話番号および「みその東鮨」の広告を、同五十音別電話帳には「東鮨」の名称による電話番号をそれぞれ登載して右店舗で寿司屋業を営んでいる。このため、肩書住所地において「東寿し」なる商号で寿司屋業を営んでいる債権者は営業上の損害を蒙つているので、債務者に対し、間接強制として、前記暖簾および看板を撤去すること、次回ないし次々回発行予定の電話帳への「東鮨」の登載を禁止すること、これらの義務を履行しないときは、不履行の期間中一日につき各一万円の損害金を支払うこと、将来のための適当の処分(民法四一四条三項)として、「東鮨」の商号は判決によつて使用を禁止されているので右商号を廃止し、今後一切使用しない旨の広告を掲載すること等を命ずる裁判を求める。

二当裁判所の判断

一件記録によれば、債権者主張の判決により債務者は「寿司屋営業のために札幌市において「東鮨」の商号を使用してはならない」旨命ぜられたこと、債務者はその後昭和四一年四月八日付にて「みその東鮨」なる商号登記を得ていること、債務者は肩書住所地において寿司屋業を営むものであるが、本件申立当時債権者の主張するとおりの暖簾および看板を設置しており、かつ債権者の主張するとおり現に電話帳への登載をしていること、しかし本件申立後債務者は右看板のうち単に「東鮨」と表示されたものについて全て「みその」または「美園」の文字を付し、かつ所轄の日本電信電話公社東電話局に対し、昭和四八年一一月二七日付内容証明郵便をもつて、次回発行の電話帳には「東鮨」の記載を「みその東鮨」に変更するよう申入れたこと、以上の各事実を認めることができる。

以上の事実によると、債務者が「東鮨」の暖簾を設置している点は、前記判決に表示された商号使用禁止義務に違反していることは明らかであり、一件記録に顕われた諸般の事情を考慮すると、債務者に対し本決定送達の日から五日以内に右暖簾を撤去すべきことを命ずると共に、これに反したときは間接強制として不履行の期間中一日金一万円の割合による損害金の支払をなすべきことを命ずるのが相当である。

しかし、看板設置の点はその表示内容がいずれも「美園東鮨」ないし「みその東鮨」であるので、これが前記判決に違反するかどうかが問題となるところ、一般に商号使用の差止を命ずる判決の執行力は、当該判決主文において差止の対象として表示する商号と同一の商号についてのみ及び、これと別異の商号については仮に類似するものであつても及ばないものと解するのが相当である。けだし、商号とは商人の営業上の名称であるから若干の相異でも内容如何によつては全然別個の商号たりうるものであり、また事柄の性質上執行裁判所が判決表示の商号との類似性を判断することは相当ではないからである。そして、本件についてこれをみるに、「美園(みその)」は債務者営業の店舗所在地名と同一ではあるが、使用差止に関する限り「東鮨」と「美園(みその)東鮨」とは同一商号と解することはできないから、債務者は前記判決の表示した不作為義務に違反するものではないというべきである。次に、電話帳への登載については、前認定のとおり債務者は「東鮨」の名称で電話番号を登載しているのであるから、この点は前記判決に違反していることは明らかであるが、債権者の求める次回ないし次々回発行予定の電話帳への登載については、債務者自ら所轄の日本電信電話公社東電話局に対し右名称の変更を申出ている点に徴すると、事前に、債権者が主張するような間接強制を命ずることは相当ではないというべきである。さらに債務者に対し債権者の主張する新聞広告の掲載を命ずることも民法四一四条三項所定の将来のための処分として適当なものとはいい難い。

よつて、債権者の本件申立のうち暖簾設置に関する部分は前判示のとおり理由があるから認容しその余は理由がないから却下することとし、主文のとおり決定する。 (大田黒昔生)

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